パセリ

高校‐大学時代

高校生のとき、学校の近くの公園でひろったのがパセリ。それまでは飼い猫といってもご飯と安全な寝場所を求めるだけで、あとはほっといてちょうだいって感じ。
その関係が変わったのがパセリからで、「家の猫」からはっきりと「私の猫」になり、子供のおもちゃから愛情を注ぐ対象へと変化しました。まだまだいいかげんな世話の仕方でしたが。 母と二人で、ほんとにきれいな子ねぇを連発したりして、本当のねこばか人生の始まりでありました。

 

連れてきちゃった

パセリ美術の授業で近くの公園に行ったときに友達が発見。なんだかんだで、私が連れて帰ることに。両親の反対はあったものの、ズルズルと家の子になる。
我が家は昔大家族だったのか、母屋のほかに離れやら廃屋のような家やらがあって、そのくせ当時住んでいたのは4人だけ。よその猫もうろうろしてるような家だったので、結局連れてきたもの勝ち。

正しいねこばかの道は遠い

パセリ連れてきたばかりの頃、写真をとろうとムリヤリ木の上に乗せた。
実はちょっとビビっていた。どーもすみません
ねこばかの道を歩みだしたばかりで、時々猫の天敵である「人間のこども」の顔がひょっこり出てしまうのだった。

もう、デレデレです

パセリおなかがピンクでかわいい~っ!
ごろごろしてるぅ、いゃ~ん、かわいいいいっ!!
パセリって、世界一かわいい~~~~~~!!
………やれやれ

仔猫といえばけんかごっこ

居間にいるときは、壁のクロスに登るのが遊びの中心だったが、私の部屋ではパセリのおもちゃは私。
勉強していると、背中に爪をたてて登ってきて、机にあがり、手の動きに興奮して、つかむ、噛む、猫キックの三段攻撃をしかけてくる。私は左ききで、ペンを持つのは右手に矯正されても、消しゴムは左手を使う。字を書いているときは右手に攻撃し、消しゴムを使うときは左手に攻撃、と変化もあるので、猫の興奮は高まるばかりなのだ。
手は傷だらけ、背中も傷だらけ。白っぽいシャツを着ていたときは、背中にぽつぽつ穴があき、その穴に血がにじんでいた。

吉野さん、パセリをかわいがる

吉野さん吉野さんというのはちゅんすけの最後の子で、姉(ちゅんすけと名付けたほうの姉。またですかぃ?)の知人の吉野さんという人と声が似ているとかでこう呼ばれた。
この吉野さんがパセリを受け入れるかどうかが問題だったのだが、まったくの杞憂に終わった。
それどころか……
言い忘れたが、吉野さんもパセリもオスである。あろうことか、吉野さんがパセリに交尾のしぐさをするようになったのだ。パセリをメスと間違えているのか?それとも同性愛か?
パセリは目をまん丸にして困惑の表情。首としっぽの付け根が寝グセになっているのが、なんだかなぁ……
見ないふりをしていたが、姉がドイツから夫をつれて来たときはほんとに気まずかった…。

寝姿が飼い主そっくり

パセリパセリ
パセリ
大人になった。じゃれない大人猫になったのはちょっとさびしいけど、寝るときの腕まくらはずっと変わらなかった。
私が起きて一人になると、枕に頭を乗せて、布団を脇にはさむようにして寝る。これは私が寝てる姿と同じ。母には「布団をはがそうとすると怒って唸るところまでそっくりだ」と言われた。

 

パセリの大好物

パセリが大好きだった食べ物が、なぜかみりん揚げ(歌舞伎揚げとかいう名前でも売っている)。たぶん私が食べさせたのがきっかけだろうが、異常に気に入ってしまい、袋を開ける音がしただけでピューッととんできた。目の前で食べようとすると、奪い取る。手にもっているときは指までくわえて行こうとする。食べている途中でも容赦はしない。口にくわえたみりん揚げを奪うついでに私の唇もガブーッと噛む。食べ物にだけ噛み付けばいいのに。それとも、噛み付かれた私がひるんだ隙にすべて奪おうと思っていたのか?…いや、わかってます。食べ物しか目に入らないのよね。

 

いびき

ある日お風呂掃除をしていた。背後でパセリがなくので振り返ったら鼻血と鼻水をだらだらさせて座っていた。外で何があったのかはわからなかったが、母に玄関の戸を開けてもらって私のところに来たらしい。
一時は死んでしまうかと思ったほどだったが、なんとか元気をとりもどした。ただ、鼻はその後ずっと調子が悪く、パセリはもちろん一緒に寝る私もいびきと鼻水に悩まされるようになった。

 

さよなら、パセリ

パセリと暮らしたのはあまり長くなかった。私は大学入学と同時に寮に入り、離れ離れに暮らすようになったから。
4年経ち、就職して実家に帰ることになっていたが、卒業旅行に出かけた私が日本に帰ってくる日に死んでしまった。もう一日だけ長く生きててくれれば死に目に会えたのに。家に着いたときはもう裏庭に埋められていて、その上には、墓石代わりの石にパセリと書いて置いてあった。お墓の前で泣いた。涙と鼻水でグチャグチャになって泣いた。
この翌々日には、新入社員研修が3泊か4泊の日程であり、パセリの死を悼んでいるヒマはなかったが、もしこの予定がなかったらいつまでも泣き暮らしていたかもしれない。

パセリ

(in Dec. 2000)

196*-2000 ねこばかへの道程